2011年04月22日

記憶

被災地ではありませんが・・・・・・


3月11日のあの時間は会社におりました。寒い日でしたね。
入社してから使い続けたパソコンの調子がどうもおもわしくなく、この繁忙期にしょっちゅう固まったり、朝に立ち上がるまで40分かかったり・・・・・ということでこの日おNEWのパソコンが納品されつないでもらっている最中でした。

あっ、地震だ!

と思ったのもつかの間、ゴゴゴゴゴゴと尋常じゃない揺れが始まりました。

うぉぉぉぉっ!

社内中でガシャガシャガシャと音が鳴り始めました。
今回の地震は長いです。
そろそろおさまるかと若干弱くなった後、ブランデーグラスの中のブランデーのように回されます。
それまで自力で耐えていた棚も一気に傾き始めました。
片手で抑え、片手で入り口のドア(開き戸)を開けましたがすぐに閉まってきます。
(この時はストッパーがない戸なんだと思ったが、数日後ドア開きっぱなしになるじゃん、そうだったよなぁそういえば。揺れすぎてすぐに閉まってくるんだと後日気付いた)

揺れに強弱が、いや強、最強の波がやむことなく襲ってきました。

茶碗がガシャガシャと落ちました。

そうして、停電。
あ、消えた・・・・・


でもまだまだ揺れます。
とぅるっとぅるっは一目散に「俺は逃げる!」と言って外に逃げました。


さすがの工事現場もストップ。
建物からは人が飛び出し、
車も前に後ろに横に揺れてます。

自分の感覚は、5分以上。
その後の動画を見ると2分半から3分くらいのようですね。

やっと収まりました。
即、ラジオに電池を入れて情報を聞きます。

前回宮城岩手内陸地震の震源地だった栗原市周辺が震度7?!
もうびっくり。
自分の辺りは6。
うひゃぁ〜〜という感じ。

内陸育ちの内陸在住の私はその頃沿岸で凄いことが起こる、起こっているとは全く思いませんでした。
ラジオでは津波警報が出て高台に逃げるように繰り返し発せられます。
それでも、私はせいぜい1〜2m位なんだろうと。沿岸より内陸の方が被害が大きいのだろうと思っておりました。

間をおかずに結構大きな余震が襲ってきます。
その度に皆外に出ます。

パソコンのお兄さんは(社長)、会社が心配なので帰ります。来週辺りまた来ますと帰って行きました。


そんな中別の不動産屋さんがわざわざ契約書を持ってきてくれました。
郵便配達のお兄さんも「ダイジョーブ」でしたかと郵便を配達してくれました。


・・・・・・・・さてどうする・・・・・・・・・
雪崩を起こした書類や粉々な茶碗を見ながら衝撃の凄さにボー然中。


電気もつかないから暗くなる前に家に帰って片づけものをしましょうということになり、
店の中はそのままに撤収しました。

携帯は全く通じません。会社の固定電話も光のせいか通じません。
外に出て気付きました。
信号もついていません。
交通量の多い交差点付近は大渋滞です。

その頃はメールが時間がかかるものの出来ましたので、母親、義母の安否は確認できました。

家路に向かいます。
冷たい雨だか、雪が降ってきました。


そういえば・・・・地震の時社内には4人いましたが、
誰一人、携帯の緊急地震速報が鳴りませんでした。
私とパソコン屋さんはiPhonなので当然。
残りの二人はDocomoでしたが事前には鳴りませんでした。
揺れている最中に鳴ったのかもしれませんがそれどころではありません。
その後即、アプリの『ゆれくる』をダウンロードしましたが・・・遅いです。
来てから鳴ります。
標準装備を求めます。・・・その流れのようですね。




車のラジオは、津波が来ていることを告げています。
でも、ぜんぜんピンときていない内陸花子。


その頃、東北以外の方はリアルタイムで、各地におしよせる津波の脅威を見てたのでしょうね。
肝心の被災地の全地域はラジオでしか情報が入りません。
ワンセグが見れた人も、バッテリーが減るのに気付きすぐに見なくなったって言ってました。

後日テレビのアナウンサーが言ってました。
全域が停電になったことは知っているので誰もこのテレビを見ていないと思う、けれど津波からの避難や情報を伝えるしかなかったって。


家に戻ると、義妹一家も揃っていました。
なんでも姪っこが我が家に一人で留守番をしていたのだそうです。
大泣きの最中でした。



義母・・大手スーパーで買い物中。大きな揺れがきて真っ先に一人置いてきた孫が浮かび、買い物中のかごをその場に置きヨタヨタと出口に向かうと、店員さん方が空いた買い物かごをお客様一人一人に渡し、危ないのでこれを頭にかぶって下さいと言いながら周ってたそうです。
すごい、社員教育です。
 でも揺れがおさまる前に車に乗って家までかっとばして帰ってきたそうです。

ぶっかれ・・見積もり調査で隣町に。車に乗った所で強い揺れ。
異様な揺れにおののいたぶっかれは、道の端ではなく建物が倒れてきても良いようにT字路の真ん中に止めて、ラジオのボリュームを上げて外に飛び出す。
近くの建物からよろよろと出てきて電信柱にしがみついた父さんを危険だから自分の車まで連れてきて二人で様子見。
でも動揺していたぶっかれは、車のドアを開けて片足突っ込んでみたり、ドアを閉めてみたりおちつかなかったみたい。(家の建具がゆがんで開かなくなるのが頭の片隅にあったみたい)

母・・スポーツジムに居たらしい。終わってお友達とお茶中のこと。2階にいて揺れ始めたそう。
外に逃げてとのスタッフに導かれ階段に向かうも、階段の揺れにおののきしばし様子見。
手元に鞄があったから全部持ってきたけれど、いっしょの友人は驚きすぎてなにも持たずに外へ。
別な友人はすっぽんぽんでサウナに。
スタッフに逃げてと誘導されるもすっぽんぽん。バスタオルを巻いてと言われてもそれで外へは抵抗あるので自分の洋服を探すも何処にもない。なんとかその辺にあったジムのジャージを着て外に出た。自分の洋服は、他にサウナに入っていた人がびっくりしすぎてその友人の洋服まで全部持って外に出てしまったことが発覚。

姪・・義母に買い物に誘われるも一人でいると断り、まったりジュースを飲みながら再放送のドラマを寝そべって見ていた。くつろぎすぎで靴下まで脱いでいた所に、『緊急地震速報』がテレビから流れた。
何っ????!!!!立ち上がりとりあえず子機を手に取り居間のサッシの方へ向かった途端、ものすごい揺れにひっくり返った!ヤバイ!と思い台所に向かいテーブルの下に隠れるが、揺れのせいでそばにあった食器棚の扉が開き、中から食器が落ちテーブルの下に落ちてきた。さらにテーブルの上の花瓶が倒れ水をかぶった。
もう駄目!と思って台所のサッシからよたよたと外に出ようとした。縦揺れのせいか、二重サッシの鍵は全てラッキーなことに外れていたので裸足ですぐに外に。
外から見た我が家はわかめのように波打っていたそうで・・・やばいと何故か揺れで一人で開閉中の台所のサッシを抑えに戻った。抑えているうちに頭上にあった物干しざおが頭に直撃。(ちゃんと輪っかの中に入っていたのですがその頃は横揺れになっていたんですね)もう駄目・・・・と思い途方に暮れて駐車場にたたずむ姪っこ。
揺れがおさまり、家の中に入りこぼれた花瓶の水だけは拭き、また放心状態で台所の前にある台に座って子機だけ持って泣いているところにママが超特急で駆けつける。
安心した姪っこはその後1時間泣き続けたらしい。(義母も間もなく到着)
鍵も開いたり、物干しが落ちたりしたのはきっと仏様が早く建物から離れろとのお導きで、守ってくれたんだろうねとの我々の想像。


その後聞いた話。
・栗原在住のお掃除やさんはその時うちで頼んでいたお部屋を掃除中。即 外に出てテレビで情報を見たら自分の所が震度7.こりゃ大変と、荷物そのまま帰路についた。電話が通じないので30分後にメールで帰りますコールが入った。部屋を出たすぐの陸橋にすごい段差。ここでこんなに被害が出ているなら自分の所は・・・・国道はトロトロ。裏道を通り割と早く半分位の所まで来たが、自分の家に近づけば近づくほど状況が悪くなる。
道路はズタボロ、車やさんのガラスは割れたり、外壁倒壊がそこらじゅうに。
全員無事だったものの、電気、水道は1週間以上止まったまま。
エコキュートは軒並み倒れ(固定しているのに)、瓦屋根の家で柱が若干弱いところは建物が壊れたりと至る所の建物が赤紙を貼られているそうです。
4月の余震でとどめをさされた建物も結構あるそうです。
津波が無かったので全国放送では全く放送されておりませんが、新幹線もその辺りの復旧工事の完了待ちです。

・美容院のお姉さん・・・店には10人位いたそうですが、まず危険だから外に出て、おさまったから中に入り、また余震が来たから外に出て・・・さて頭が濡れている皆様停電ですので乾かすことが出来ませんってことで濡れたままさようなら。パーマ中の方はいなかったが染色中がお二人。
とりあえず、若干残っている給湯機のお湯と、ポットにあったお湯を薄めて洗い流し、足りない分は水で染色剤を流しました。シャンプーはどうするか聞くと子供を預けている方もおり、自分で家でシャンプーをするとその中途半端状態でお帰りになられたそうです。

・解体現場にいた解体屋さん・・・解体の足場ってもともとぐらぐらしているので多少の地震でも気にならないようであんなに揺れてもひょいひょい歩いていて・・・現場監督に早く降りてけろ~~と叫ばれてやっと降りてきたそうです。

・大家さんA・・・自宅にいたのですが、あまりの揺れに外に出ると地面にピキピキと地割れが。
門から玄関まで敷いてある置き石も真っ二つ。車庫へ向かう舗装部分も亀裂が入りパクパクと開いたり閉じたり・・最後は重なって終了。増築した境目がヒビだらけ。


・友人の夫・・・古めの鉄筋コンクリート造の建物が勤務先。最初は近くの書棚を抑えていたが、プシュ、ぶは〜と柱から白い粉が噴き出したのを間近で見てしまい、ダメだと一人で外に逃げたそうです。崩れませんでしたが。


間もなくメールも何も通じません。
送信すら出来なくなっていました。


そんなそれぞれの3月11日。

結構揺れている瞬間を動画に撮ってる人って多いんですね。
Youtubeで検索するといっぱい出てきます。
東京もすごく揺れたんですね。
車の中でも凄い揺れだし・・・私にはそんな余裕なかったな。


続く

posted by 日本花子 at 16:51| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
花ちゃんお久しぶりです。覚えてるかい?
震災で無事でなによりです\(^o^)/

相変わらず俺はエロ不動産屋を1人でやってます
今年で免許番号が(2)になっちゃうよ

自分のブログやめてから、見てるブログといえば
駅前師匠のブログくらいかな?
相変わらず心の拠り所にしてます。

本当に久しぶりにコメントさせて頂きました
お互いに今後も幸ありますようヾ(@⌒ー⌒@)ノ
Posted by 南面太郎 at 2011年04月25日 02:58
■太郎さ〜ん!!
ハグっ!

この通りピンピンですよ。
元気です。

太郎さんこそ元気そうで。
今も一人なんですか?
あれれ・・・・まいい。
しかも免許番号の更新おめでとございます。

いろいろ近況を聞きたいけど、ブログ復活しないのですかね。

私も最近書いていないけれど、ぼちぼち時間を見つけて書いていきます。
しばらく書かないとおっくうになってくるのであった・・・・へへへ。
Posted by 日本花子 at 2011年04月25日 07:31
花ちゃん!ハグっ!もみもみ・・

元気だけが取り柄です
開業して5年近くたっても
不動産業があまり好きにはなれません・・
それでも良いと思えるのは成長した証かな?

以前ブログ書いていた頃が懐かしい・・
なんであんなに頑張って書けてたんだろ

きっとP先生なんかは既に死んで灰になっていることでしょう

たまには見に来るから
花ちゃんも頑張ってね!!!!
Posted by 南面太郎 at 2011年04月25日 18:05
■太郎さん、
もみもみ返し!もみっ

P先生ね、パソコンを変えたら見つけれなくなっちゃって・・・・しばらく元気そうだったけど。


また書きたくなって、いろいろかいたら教えてね!!!!!!

がんばろう太郎&花子!
Posted by 日本花子 at 2011年04月27日 20:31
わしも、モミモミさせーーーい。
Posted by P先生 at 2011年05月12日 22:52
■あ〜〜Pせんせ〜〜、

にぎっ!
Posted by 日本花子 at 2011年05月15日 20:11
pyu
Posted by P先生 at 2011年05月15日 22:49
AH〜〜〜〜っ
Posted by 日本花子 at 2011年05月16日 22:03
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